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UFOクリサリスイヤーズの第二段が発売された。
今度は1980年~1986年で、アルバムでいえば「ヘヴィ・メタル・エクスペリエンス」から「ミスディミーナー」までの時代だ。
私は発売前から予約してあったので、4月初めには届いていた。
この時代の聴き所は、なんといってもメロディセンスの出来の良さだろう。
この頃のフィル・モグのメロディ・メーカーぶりは、さすがアメリカで一定の地位を勝ち取っただけはあり、勝者の貫禄さえ感じる。
ただし、良いものを作れば必ず売れる、というほどミュージック・ビジネスは甘くはなかった。
残念ながら、勝者だったはずのバンドは、この時期のセールス不調により墜落寸前にまで落ちてしまうのだった。
この敗因については、現在分析中。
それでは、各アルバムの簡単な感想を書いてみよう。
「ヘヴィ・メタル・エクスペリエンス」
まず、邦題がダメだ。
原題をカタカナ英語にして「ノー・プレイス・トゥ・ラン」にすれば良かったのに、と思う。
おそらく、NWOBHMの流れに乗ろうとしたのだろう。
しかし、これがジューダス・プリーストやアイアン・メイデンの邦題ならともかく、UFOにヘビメタは似合わない。
では、内容について。
新たに凄腕ギタリスト、ポール・チャップマンを迎え入れた今作は、プロデューサーにジョージ・マーチンを起用するなど、意欲あふれる作品だ。
初っ端から、ハード・ドライビングな曲でグイグイ攻め立てる。
また、マイケル・シェンカー在籍時には見られなかった、カントリーブルース調の「ミステリー・トレイン」など、新たな一面が見られるのも意欲の表れだろう。
全体的には、前作「宇宙征服」の延長線上にある内容で、非常にポップな一面もあり、楽曲の良さは前作以上だと思う。
とくに「ヤング・ブラッド」は、非常に親しみやすい曲調で、このアルバムを代表する1曲だ。
「ノー・プレイス・トゥ・ラン」は、ポップさ、ハードさに加え、哀愁がプラスされたUFOらしい曲で、表題曲に相応しい
「ライブ音源」
BBCのライブ音源で、おそらく当時の来日公演もこういう内容だったのだろう。
その来日を見た人の記事を読むと、たとえマイケル・シェンカーがいなくとも熱狂的に迎え入れられ、非常に素晴らしいライブだったらしい。
ここでのライブ音源を聴くと、それも頷ける。
とくに、チャップマン加入後の曲は、ライブならではの迫力が追加され、実に聴き応えがあり、油の乗り切った旬のバンドの勢いを感じることが出来る。
ただ、当然、シェンカー在籍時の代表曲も演奏されているのだが、これらについては、チャップマンのセンスを疑ってしまうのも事実だ。
アーティストとして、自分のスタイルでギターを弾きたい、という気持ちはわかる。
しかし、当時「UFOライブ」が世界的なヒットを飛ばし、客は当然それを期待するわけだ。
それなのに、シェンカーとはまるで違うギター・ソロを弾くのは、自分のエゴだ。
チャップマンならシェンカーのソロをコピーするくらい容易いことだろう。
前任者の功績を認め、あえてそれをコピーするのは、表現者として一つの手段であり、勇気でもある、と思う。
ついでに、ニール・カーターのキーボードも、ポール・レイモンドのそれと比較すると違和感を感じる。
「ザ・ワイルド・ウィリング・アンド・イノセント」
前作は優れた曲が目白押しだったものの、やや地味な印象だったのに対し、今度はヘヴィさと派手さを増してきた。
それは1曲目から顕著であり、力強いリズムが心地よい。
とくに表題曲は、ヘヴィでスケールが大きく、80年代に大きく飛躍しようとする様が伺えるようだ。
また「イッツ・キリング・ミー」のような、渋めの隠れた名曲もあり、実はこういった曲にこそUFO本来の味があるように思う。
そして「メイキン・ムーヴス」でのギター・ソロは、チャップマンの本領が発揮されており、気持ちよく弾いているのがよくわかる。
新しい試みとしては、「ロンリー・ハート」という曲で見られる、AOR的なアレンジだろう。
ポップな楽曲にサックスを大胆にフューチャーしたアレンジは、なかなか面白いとは思うが、このアルバムの中では浮いている。
それよりも、アルバムの最後を飾るバラード「プロフェッション・オブ・ヴァイオレンス」だ。
これはスコーピオンズの名バラードと並ぶ、屈指の出来栄えで、フィルの篭ったボーカルが素晴らしく、後半2分に及ぶチャップマンの泣きのギターも聴き応え満点だ。
「メカニックス」
1980年から1986年の間に発売された5枚のアルバムは、どれも隠れた名盤であり、売れなかったのが不思議なほどだが、とくにこの「メカニックス」からの3枚は素晴らしい。
あまりに大胆なアレンジの1曲目「ザ・ライター」から度肝を抜かれる。
まるでグラム・ロックとハードロックが融合したようで、これくらい冒険的な曲というのは非常に好ましい。
驚くのはこれだけではない。
次に控えているのが、オールディーズのカバー「サムシング・エルス」で、やはり大胆なホーンセクションが活躍し、それでも決してUFOらしさを失っていない。
カントリーロック調の「バック・イントゥ・マイ・ライフ」、ポップでキャッチーなサビが印象的な「レット・イット・レイン」など、新しい意気込みがどれも成功している。
もちろん、従来のUFOらしいハードな曲の出来もよく、哀愁のバラードもあり、実にバラエティ豊かだ。
UFOが70年代の香りを残すのは、このアルバムが最後で、次作から80年代的なサウンドに変化する。
「メイキング・コンタクト」
時代の流れに、なんとかついて行こうと必死だったのだろう。
この頃のアルバム全てに言えることだが、全てが後手に回っており、トレンドの最先端には達していない。
それくらい80年代というのは変化が早かったわけだが、そういう時代性を別にすれば、この「メイキング・コンタクト」もまた素晴らしいアルバムである。
全体的には、前作よりもハードになり、ギターリフ中心の楽曲にフィルのブリティッシュボイスが乗る王道のパターンだ。
それでも、哀愁と、キャッチーでポップなメロディという、彼らの持ち味は生かされており、シンセを大胆に用いたアレンジの効果もあって、親しみやすく仕上がっている。
このアルバムで進化したのは、コーラスワークだ。
サビのメロディをコーラス・ハーモニーで印象的にし、その結果ポップさが増している。
とくに「ア・フール・フォー・ラブ」、「ザ・ウェイ・ザ・ワイルド・ウィンド・ブロウズ」で聴ける複雑なコーラス・ワークは、それまでのUFOには無かった試みだ。
また、ハードな「フェン・イッツ・ア・タイム・トゥ・ロック」は、80年代版ロック・ボトムといった趣がある。
「ミスディミーナー」
新世代ギタリスト、アトミック・トミーMを迎えて、装いも新たに再始動をする。
ここでようやく、時代の最先端に躍り出て、大きな飛躍が期待されたのだ。
彼らが選んだ道は、産業ロック+超絶技巧ギタリストといった方向性で、いかにも80年代というサウンドで勝負を仕掛けてきたのである。
それはサウンドのみならず、メンバーのファッション、髪型に至るまで、徹底的に時代に合わせてきたわけで、その気合たるや半端ではない。
元々モグが持っている甘いメロディ感も、見事に哀メロ、美メロに昇華され、ポール・レイモンドも古臭いハモンド・オルガンは完全になくなり、美しいシンセ音で煌びやかなサウンドを作り上げる。
そこにアトミックの、アームあり、タッピングあり、ピロピロ速弾きありのド派手ギターがかぶさると、UFO流産業ロックの完成だ。
しかし、少々甘口が過ぎた。
美味しいケーキも甘すぎると食べられなくなる。
ブリティッシュ・ハードロックの老舗がやるには、くど過ぎたのだ。
当時、私もUFOの飛躍に期待したものだったが、セールス的には惨敗となるのだった。
それでも、このアルバムには、ここでしか聴けない味があるのも事実。
長い歳月が過ぎた今、そろそろ評価されてもいいアルバムだとは思う。
雑誌『REVOLVER(リヴォルバー)』がスタートさせたアメリカ国内で最大のハードロック・アワード(ゴールデン・ゴッズ・アワード)が今年もLAで開催され、X JAPANが「ベスト・インターナショナル・バンド賞」を受賞した。
アジア系のバンドとしては、ゴールデン・ゴッズ・アワード史上、受賞も、ノミネートも初となる快挙とのこと。
これは素直にいって、物凄いことだ。
X JAPANが日本国内のみならず、アジア圏を中心に海外でも高い評価を得ていることはご存知の方も多いだろう。
しかし、北米でここまで評価されているとは知らなかった。
今まで、欧州ではヴィジュアル系を中心に高い評価を得ている日本のロックだが、北米での評価というのは厳しいものがあった。
過去にもいろいろなバンドが北米進出を目論み、デビューはするものの、成功したとは言いがたい。
今の時点で、北米ツアーの観客の大半はアジア系らしく、本当の意味で成功したはいえないのかもしれない。
しかし、この賞の受賞をきっかけに、多くのファンがつくことを期待しよう。
と、ここまでX JAPANについて書いてみたが、実は私自身、彼らのことをよく知っているわけではない。
デビュー前後の頃、友人の家でボディー・ソニック・チェアーに腰掛けてライブ・ビデオを見たのが最初だ。
関東では当時すでに知名度の高いバンドだったようだが、こちらではまだまだ無名、しかしその圧倒的なスピード感、ハイレベルな演奏、ハイトーンなボーカル、そして激しいアクションを伴うドラム・プレイに圧倒された。
その後、メジャー・デビュー、テレビ出演、紅白出場と、この手の音楽の好きな私はけっこう応援していた。
彼らの初期のアルバムはよく聴いた。
とくに1枚目のアルバム「ブルー・ブラッド」は日本のロック史上に残る名盤だと思う。
これを期に彼らのアルバム、とくに傑作と称される「ダリア」、「ジェラシー」などをじっくり聴いてみたいとは思うものの、他にも聴きたい、聴かねばならぬ、もう買ったアルバム、があるので、どうしても後回しになってしまうのだが。
メンバーチェンジの激しいバンドの場合、その元メンバーが集まって違うバンドを作ることがある。
時として、元のバンド名の看板を掲げる本家よりも、本物っぽいバンドも存在して面白い。
今日はそういう、似て非なるバンドを紹介しよう。
「イエスとABWH」
プログレッシブ・ロックの名盤を次々と発表し、巨大なセールスと大規模なツアーを行う大物バンドに成長したイエスだが、70年代後半には大幅にメンバーが入れ替わり、ついには解散する。
しかし、すぐに新たなメンバーで再結成し「ロンリーハート」の大ヒットにより、またもやシーンの第一線に返り咲くことになった。
このときのメンバー
ジョン・アンダーソン(vo)
クリス・スクワイヤ(b)
アラン・ホワイト(ds)
トニー・ケイ(key)
トレバー・ラビン(g)
このメンバーでの作品は、80年代という時代にうまく乗ったサウンドで、若いファンから絶大なる支持を得たが、あまりにポップ化が過ぎてプログレとは言いがたい作品だった。
そこで昔からのファンの要望に応えるようなバンドが登場する。
それがABWHだ。
ABWHとは「アンダーソン、ウェイクマン、ブラッフォード、ハウ」の略で、かつて「こわれもの」や「危機」といった歴史的名盤を作り上げたメンバーが中心である。
ジョン・アンダーソン(vo) 元イエス
リック・ウェイクマン(key) 元イエス
ビル・ブラッフォード(ds) 元イエス
スティーブ・ハウ(g) 元イエス
トニー・レビン(b) 元キングクリムゾン
ベース以外、全員がイエスの全盛期を支えたメンバーで、ライブで演奏する曲もイエスの代表曲が多い。
この、事実上のイエスは、バンド名の使用権をめぐって裁判沙汰になる。
その後、この事実上イエスは、本家イエスと合流し、大所帯バンドになることで収まったようだ。
「キング・クリムゾンと21センチュリー・スキゾイド・バンド」
プログレッシブ・ロックの重鎮キング・クリムゾンは、やはりメンバー・チェンジの激しいバンドで、リーダーのロバート・フリップ以外全員入れ替わるなんてこともある。
そして、常に前のみを見つめるバンド姿勢により、過去の名曲郡がライブで演奏されることはほとんどない。
ここ30年以上、彼らの曲でもっとも有名な「21センチュリー・スキゾイド・マン」や「クリムゾン・キングの宮殿」「エピタフ」などがライブで演奏されることは一部例外を除いて、ない。
そこで、これらを聴きたいファンのため、これら名曲を後世に残すために結成されたのが「21センチュリー・スキゾイド・バンド」だ。
メンバーはイアン・マクドナルド、マイケル・ジャイルズ、メル・コリンズなど、初期クリムゾンを支えた連中で、このメンバーで初期の名曲を生で聴くことが出来ると期待したファンは多かった。
その後、やはり元メンバーであるイアン・ウォレスも加入し、益々本家よりも本家らしい体裁になってきたが、いかにも「集金ツアー」みたいなライブが仇をなしたのと、イアン・ウォレスの死により活動休止中。
「ブラック・サバスとヘヴン・アンド・ヘル」
ヘヴィ・メタル界の重鎮ブラック・サバスは、80年以降ボーカリストの出入りが激しくなり、97年のリユニオンでオジー・オズボーンが復帰するまで不安定だった。
この不安定期、もっとも人気を得たボーカリストは、元エルフ、レインボーのロニー・ジェイムズ・ディオである。
彼の参加した「ヘヴン・アンド・ヘル」「モブ・ルールス」はヘヴィ・メタル史上に残る名盤とされ、今も人気が高い。
2006年、レコード会社の意向により、ロニー期のベスト・アルバムが作られるのだが、ボーナストラックとして新曲が録音されることになる。
このとき集まった元サバスのメンバーは、このままツアーを行うことになるのだが、本家サバスとの混同を避けるため、ヘヴン・アンド・ヘルというバンド名で活動することになる。
ツアー後、このメンバーで新譜も作られるが、ロニーの死により活動は停止した。
「EL&パーマーとEL&パウエル」
80年代、イエスやエイジア、ジェネシスなどプログレ畑のバンドが大成功しているのを横目に、キース・エマーソンとグレッグ・レイクはEL&Pの再結成をもくろむ。
「E」と「L」が揃えば、次は「P」ということで、カール・パーマーに声をかけるが、エイジアで世界的なヒットを飛ばしている真っ最中であることから加入を断られる。
そこで代わりに加入したのが、イニシャルが同じ「P」のコージー・パウエルだ。
では、このバンドはEL&Pなのか?というと、そうではない。
カール・パーマーが(自分の勝手で参加しなかったのに)、それを認めなかったからである。
ライブで演奏されるのは、彼らの新曲と、70年代のEL&Pの曲で、地に足のついたヘヴィなリズムは聞いていて心地よく、やはり事実上これはEL&Pだった。
だが、常に一つのバンドに定着しないコージーは、このあと再びヘビメタの正解に戻り、解散となる。
「UFOとモグ/ウェイ」
ブリティッシュ・ハード・ロックを代表するバンドの一つ、UFO。
彼らもまたメンバー・シェンジの激しいバンドだ。
もっとも勢いがあり、大成功を収めていたのは、70年代のマイケル・シェンカー在籍時である。
脱退後、アルバムの質は高いもののそれがセールスに結びつかず、低空飛行を続けるのだが、起死回生を願って70年代のメンバーでリユニオンされるに至る。
フィル・モグとマイケルは音楽的相性は抜群なのに、人間的相性が最悪のため、やはりうまくはいかなかったようだ。
結局、マイケル抜きで活動を続けることを決めたフィルだが、このときUFOのバンド名はマイケルなしでは使えないとされてしまう。
苦肉の策で、デビュー時からの中心メンバーであるフィルとピート・ウェイの名前を並べた「モグ/ウェイ」という、なんとも味のないバンド名になってしまったのだった。
その後バンド名の使用権を勝ち取り、この歴史ある名前を使えるようになったようだ。
モグ/ウェイによるUFOの名曲「マザー・メアリー」。
メンバーはモグ、ウェイの他、エインズレイ・ダンバー(ds)、ジョージ・ベラス(g)
おそらくMSGが演奏しないUFOの曲ということで、これなのだろう。
「アラン・ホールズワース」
82年か83年頃のことだ。
当時愛読していた「ギターマガジン」のライターで、やたらと海外のマイナーなギタリストばかりを褒めちぎる人がいた。
そして日本人ギタリストや、日本で人気のギタリストに対しては辛口な評価だった。
たしか伊藤ナントカいう人だったと思う。
ちょうどその頃、アラン・ホールズワースが日本で話題になり、ギターマガジンでも取り上げられたのだが、ここでも伊藤ナントカは偉そうな記事を上から目線で書いていた。
「僕なんかはデビュー当時から彼に注目していたわけで、そのテクニックに裏付けられた優れたメロディセンスは、泣きたくなるほど悲しい曲、酒なしに聴けぬ曲、思わず小躍りしてしまう楽しい楽曲など、バラエティに富んでいる。海外ではとっくに人気沸騰中なのに、ここ日本ときたらようやく話題に上がるといった状況で、相変わらずくだらないギタリストばかりが人気者だ。だから日本はダメなんだ。」
その頃は私も無知で、アラホってそんなに海外では大人気で、知らないのは日本人だけなのか?なんて思ったりもした。
今現在、私はソフトマシーン、UK、ブラッフォード、彼の初期のソロアルバムなどを聴き、アラホの音楽は多少わかってきたつもりだ。
少なくとも、日本で話題になり始めた80年代初期頃までに発売されたアルバムで聞ける彼のプレイスタイルはなんとなくわかる。
そして海外での彼の評価も多少はわかった。
今ならいえる。
伊藤ナントカは適当なことを書いていたんだと思う。
アラホのギターのどこにも優れたメロディセンスなどなく、ましてや「泣きたくなるほど悲しい」「酒なしに聴けぬ」「思わず小躍りする」フレーズなどあるはずがなかった。
海外で人気沸騰したことなど一度もなく、せいぜいエディ・ヴァン・ヘイレンが影響を受けたといったときだけ話題になっただけだ。
まあ、人には感じかたはいろいろあるので、この人にとって、アラホのウネウネフレーズで涙を流したり踊ったりするのかもしれないが…。
「欧州車」
私は90年代の一時期、自動車雑誌をよく読んでいた。
お気に入りは「NAVI」という雑誌で、輸入車と国産車、車と社会、最新ファッション、左よりの政治思想など、一風変わった内容だった。
ここに登場する自動車評論家という人たちは、総じて輸入車贔屓で、国産車には辛口だったと思う。
とくに「間違いだらけのクルマ選び」で有名な徳大寺有恒氏あたりは、日本のユーザーやクルマ社会、メーカーに対して辛口な内容が多かった。
やはり無知な私は、「そうなんだ」と思い、輸入車ばかりに興味がいってしまうのだが。
たしかに、昭和の頃、日本車というのは欧州、とくにドイツ車と比較していろいろな点で劣っていたのかもしれない。
それに対して、メーカーは相当な努力をし、時代が平成に変わる頃には立派に欧州車と肩を並べるレベルになり、アメリカ車を駆逐しては貿易摩擦の原因となった。
私が実に滑稽に感じた本がある。
「本音のクルマ選び」というもので、主な執筆者は両角ナントカという人だ。
とにかく「そこまで書くか?」というほど国産車を酷評し、やたら欧州車を褒めちぎる人で、もはやネタとして読むようなものだった。
いくらなんでも極端すぎて、どのページの行間からも「だから日本はダメなんだ」という言葉が滲み出てくる内容である。
ちなみにこの本でメチャクチャ高い評価だったのは、ドイツのフォルクスワーゲン・ゴルフと、その姉妹車ヴェントである。
ご存知の方も多いと思うが、私は3年前までヴェントに乗っていた。
それも10年10万キロ以上。
だからいえる。
国産車は決してドイツ車に負けてなどいないし、どれを選んでも多少の好き嫌いはあれ、間違いなどない。
「箱根アフロティーデ」
1971年8月、箱根にて大規模野外ロックフェスティバルが開催された。
箱根アフロティーデという。
もちろん私は行っていない。
このことを知ったのは、12年ほど前のビートレグ誌で、その詳細が記されていた。
とくに話題になったのはピンクフロイドの出演で、このため多くのロックファンがこの日、箱根を訪れたようだ。
このフェス自体は大成功で、日本でもウッドストックやワイト島フェスみたいな本格ロックフェスが実現したと、当時のロックファンは喜んだらしい。
では、これを取り上げた雑誌記事はどうだったのだろうか?
ビートレグ誌によると、「暴動もハプニングもないつまらないフェス」とか「ロックなのに大人しい観客」など「だから日本はダメなんだ」みたいな記事が多かったらしい。
常識的に考えて、フェスが上手く進行し、暴動のような事件がおこらないのは素晴らしいことだ。
ロックだから怒りの衝動が抑えきれずブチ切れる人がいなければならない、なんて考えのほうが異常だ。
例えば、ローリング・ストーンズの「オルタモントの悲劇」のようなものは、明らかにフェスとして失敗であり、見るほうも演るほうも危険である。
結局、やたらと「だから日本はダメなんだ」というのは、大して日本も海外も知らない人間のいうことなのだ。
私は大の音楽好きだが、その音楽を奏でるアーティスト本人については、あまり興味がないことが多い。
せいぜい、そのアーティストの生い立ちや音楽的バックボーン、アルバムを作ったのなら、そのコンセプトなんかを軽く知ってみたいだけだ。
例えば、私はライブに行っても、アーティストグッズなどを買ったことがない。
T-シャツなども買ったことがない。
元来ドケチな私であるが、ケチだから買わないのではなく、興味がないから買わないのだ。
これは今に始まったことではなく、元々そうだった。
十代の頃でも、好きなアーティストのポスターとか、部屋に貼ったことがない。
レコード屋で初回特典でポスターやステッカーがもらえることになっていても、断ったり、あるいはもらっても人にあげたりしていた。
実をいうと、本人のサインや、ギタリストのピック、ドラマーのスティックとかも、あまり有り難味がわからない。
この場合、私の好きなアーティストは同性が多いからだろうか?
異性の場合であっても、たぶん同じだと思う。
私の好きなマドンナや、ウィズイン・テンプテーションのシャロン・デン・アデルであっても、そのサインもポスターも欲しいとは思わない。
握手してくれるなら握手するが、それもそんなに特別なことでもないように感じる。
極端なことを言えば、その女性歌手とセックスしたいとも思わない。
ただ、もしそのアーティストと友人になれるのであれば、是非なりたいとは思う。
常識的に考えて120パーセントそんなことはありえないのだが、いい友人として音楽やギターの話をしてみたい。
そして一緒にセッションなんかを楽しみたい、とは思う。
この場合、スターだから、とかヒーローだから、というのではなく、あくまでも友人として楽しみたいと思う。
アイドルの場合はどうか?
残念ながら私は女性アイドルに夢中になったことはなく、当然ポスターもサインも雑誌の切り抜きもない。
異性として、この人は好みだ、と思うことはあっても、実際に恋人になれるわけはないし、そんなバカな夢はみない。
もし、自分好みのアイドルがCDを買ったら握手してくれる、というAKB48みたいなことがあった場合でも、その音楽に興味がなければ買わない。
それが音楽的に自分の琴線に触れるものだった場合、そのCDを買うかもしれないが、わざわざ会場へ出かけて、行列に並んで握手したいとは思わない。
そんなことをしても意味がないからだ。
冷めてる?
いいえ、ただの音楽好きです(笑)
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