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通して聴くのは3年前のレッド・ツェッペリン特集以来ですが、この時期にこんな音楽をやってたというのは驚愕に値するものですね。
60年代後半~70年代初め頃、ビートルズやストーンズらによって創りあげられたロック・ミュージックから、さらに先へ進むため、あらゆる可能性が模索され、多くの名盤が発表されました。
レッド・ツェッペリンもその一つですが、このバンドもロックの発展に大きく貢献しました。
ブラック・サバスです。
以前、80年代以降のサバスについて特集しましたが、いつかオジー時代のサバス特集もやりたいと思ってます。
この頃のサバス、後の世代への影響力は計り知れないものがありますが、とくにそれが顕著なのが、2ndアルバムから「ウォー・ピッグス」。
40年も前の曲なのに、音質だけ今風に変えれば、今なお2010年現代、メタル・バンドの新曲として通用すると思います。
あまりにヘヴィ、あまりハードなこの曲、1970年のライブ映像で。
おはようございます、今日の話題はワビサビです。
よく苔むした日本庭園などで「わび・さびが感じられる」などと表現されたりしますが、私もようやくそういうのわかるようになった気がします。
ただ、それは「わび・さび」ではなく、この中の一つ、「さび」のほうかもしれません。
物が古くなり、経年変化による劣化に美を感じるようなことですが、「味わいがある」などと表現されることもあります。
ここでいう「さび」というは、いわゆる「アンティーク」「ヴィンテージ」と似てはいるものの、少しニュアンスが違う気もします。
ギターでも、数十年経つと塗装が剥げ、各種ノブが黄ばんだり、木材の色彩が濃くなったりして、独特の変化が出てきますが、見る人によっては、そこにカッコ良さを感じるわけです。
ただ、「カッコいい」という観念は「さび」にはないと思うので、やはり違うように思います。
まだ、家屋などで、数十年、あるいは100年以上経って、新築にはない重圧感が醸し出されてくるようなる、静かに、確実にそこに存在している…のほうが「さび」な感覚?
いや、違いますね、現役感があるのは「さび」ではない気がします。
廃墟、廃線、廃道など、かつてはそこに存在したものが、今まさに朽ち果てようとしている、そこに歴史の重みと滅びの美学を感じる…ことのほうが「さび」の一種かもしれません。
誰もおらず、物言わず、静かに、朽ちるにまかせる、そしていつかは自然に帰る、役目を終えて余生を過ごす「それ」に「さび」を感じる…という感覚。
次は「わび」。
簡単にいえば「シンプル・イズ・ベスト」ですが、「清貧」と言ったほうが適切な気がします。
具体的にはどういうことなのか?
質素な部屋に住み、質素な食事をし、物質的な贅沢はしない。
簡潔で清貧な生活に、さわやかな風が通り抜けるような清さと美を感じること…かな?
茶道の経験がなく、特に俳句を学んだこともないので、本当のところはわかってないのかもしれません。
「わび・さび」と人くくりで言う場合、「わび」の清貧さと「さび」の古さ、静けさがミックスされた、心に染み入るような味わい、と解釈したいと思います。
刺身や寿司を食べるとき、山葵を多めにつけて食べるのが好きです。
ツンとして、少々刺激があるくらいがいいのですが、あまりそういう食べ方ばかりしてると、味覚障害になりそうなので、ほどほどにします。
ちなみに、回転寿司で、山葵入りのネタを選んでも、そのままだと物足りないので、付属の小さな山葵の包みを使用して増量して食べます。
その場合、ネタの上にチョコンと乗せるのではなく、ネタをめくって、シャリの上に乗せて、再びネタをかぶせ、あたかも最初からそうなっていたかのようにして食べます。
醤油のつけ過ぎは禁物。
極少量で十分です。
お茶漬けでも、山葵があるほうが好きです。
たとえば、家で永谷園のお茶漬けを食べるときでも、チューブ入りの山葵を少量追加して食べてます。
蕎麦なら普通に山葵ですが、冷やしうどんや素麺でも生姜ではなく山葵派ですね。
ただし、以前伊豆へ旅行に行ったときに食べた「ワサビアイス」、これは口にあいませんでした。
本当はチューブ入りの山葵ではなく、ちゃんとした山葵を卸して使いたいですね。
香りが全然違うのです。
ちょっとした贅沢ですね。
「ロック・ボトム」と聴いて誰の曲を思い浮かべますか?
ここの読者的には
・キッスのロック・ボトム 約4割の人
・UFOのロック・ボトム 約3割の人
・そんな曲知らない 約3割の人
くらいでしょう。
私はどちらの「ロック・ボトム」も大好きなのですが、ボーカル、歌メロならキッス、ギターならUFOの方が好きですね。
哀愁たっぷりの美しいアコギのイントロから、突然ロックな展開になるキッスのロック・ボトム。
これは聴けば聴くほど味が出るスルメ的ロックンロールです。
よりカッコいいライブ・ヴァージョンを探したのですが、どれもエースのギターがロックしすぎていて(汗)、やむなくスタジオ・ヴァージョンで(笑)
こちらはUFOのロック・ボトム。
聴き所はなんといってもマイケルのギターです。
ここで意見が分かれるのが、スタジオ派とライブ派。
私は断然、オリジナルスタジオ・ヴァージョンが一番カッコいいと思ってます。
と、前置きが長くなりましたが、ここでようやく本題。
私は先週からUFOのスタジオヴァージョンのロック・ボトムを再コピーして弾いてるのですが、ちょっとだけ苦労話をさせてください。
前にここに書いたように、私のギターは21フレットまでしかありません。
そのため、この曲の22フレットの部分を弾くことが出来ません。
なので、以前は、この部分のみ1オクターブ下げて弾いてました。
しかし、この1番盛り上がる部分で1オクターブ下げると、ガクッと盛り下がってしまうのです。
というわけで、今回は、そこを無理やり弾いてみることにしたのでした。
22フレットでの1音チョーキングは、21フレットにて1音半チョーキング、そのあとの22フレ音は、21フレを半音チョーキング、そして、次の22フレから19フレへのプリングは、22フレあたりの部分を思いっきり押さえて、無理やり音を出すという、強引な手段です。
コピー度は7割くらい・・・かな?(笑)
映画「ソラニン」、レンタルで借りて見ました。
上映されたのは今年の春頃だったと思いますが、音楽、バンドものということで、ここの読者の方も何人か見に行かれたようです。
主演は宮崎あおいさん。
なんと彼女はこの映画のために、0からギターを練習してバンド演奏に挑んだそうで、最後のライブシーンも実際の生演奏でした。
よく見ると、右手首の柔軟さに欠けるとか、コードチェンジがぎこちないとかはあるものの、荒っぽいギター、ぶっきら棒な歌い方が実にロックしていてカッコいいです。
バンドを支えるのは、ベース。
この役のみプロの近藤洋一氏(サンボ・マスター)で、物凄い上手さです。
とにかく、メンバーが一丸となり、汗だくになって全力でライブする様は、感動的ですらあります。
音楽の話ばかりしましたが、映画としての出来も良いと思います。
現代劇なのに、ノスタルジーを感じるところがあり、思わず自分の若かった頃を思い出しました。
ダラダラした日々をおくりながら、少しづつ大人への階段を躊躇しながら登っていく、そんな日常が上手く表現されていて、切なさに溢れる展開は見事なものでした。
宮崎あおいさんは、「バンドってこんなに面白いものだと思わなかった」と言います。
ライブシーンでの彼女は、実にはまっていて、生粋のロッカーのようでしたね。
原作となった漫画は読んだことはありませんが、こういう作品がきっかけで楽器を手にする若者が増えていけば嬉しいものです。
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