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今日取り上げるのは、ジョンのソロ初期の名曲「労働者階級の英雄」。
アコギ一本で淡々と歌われる曲です。
労働者階級の家に生まれ、両親に捨てられるように伯母に育てられ、ロックンロールの道に進み、やがて世界を制した男、ジョン。
イマジンが彼の代表曲とするならば、労働者階級の英雄はその裏の代表曲。
愛と平和の人じゃない、労働者、ロックンローラー、皮肉屋のジョンがここにいます。
厳密にいえば、ジョンが育った伯母の家は中流階級の家で、とくに不自由なく暮らしていたと言われます。
両親からの愛はなかったけど。
ジョージやリンゴのような生粋の労働者階級ではなかったんですね。
でも、ビートルズのアマ時代、とくにハンブルグ時代は、もろに労働者階級による労働者階級のためのロックンロールバンドで、それが彼に大きな影響を与えているのは間違いありません。
歌詞です。
生まれてすぐに
自分はちっぽけな存在だと思わされる
与えられるべきチャンスも奪われ
しまいには、苦痛の激しさに何も感じなくなる
労働者階級の英雄になるのは大変なことだ
労働者階級の英雄になるのは大変なことだ
家では虐待され、学校ではいじめられる
利口なら嫌われ、バカなら蔑まれる
もう頭がおかしくなって
奴らのルールに従うこともできない
労働者階級の英雄になるのは大変なことだ
労働者階級の英雄になるのは大変なことだ
20数年もの間
ひどく苦しめられたあげく
今度は一生の仕事を見つけろといわれる
まともに働けるわけがないだろ
不安におののいているのにさ
労働者階級の英雄になるのは大変なことだ
労働者階級の英雄になるのは大変なことだ
宗教とセックスとTVに惑わされて
誰もが自由で平等だと、信じ込まされていた
だがどうみても君はどうしようもなく田舎者だ
労働者階級の英雄になるのは大変なことだ
労働者階級の英雄になるのは大変なことだ
上流には入り込む余地がまだある
奴らはあまい言葉でそういう
だが そのためには まず笑って人を殺せるようにならなきゃな
丘の上の連中のようになりたいなら
労働者階級の英雄になるのは大変なことだ
労働者階級の英雄になるのは大変なことだ
労働者階級の英雄になるのは大変なことだ
英雄になりたいなら
俺の言うことに従えばいい
労働者階級の英雄になりたいなら、俺についてくるんだ
「カウンタック」
何故か、うちの近所でランボルギーニ・カウンタックに乗っている人がいる。
「ランボルギーニ・カウンタック」
この少し古いイタリアン高級スポーツカーは、現在40代くらいの男性なら一度は憧れたはずのクルマである。
それは、かつてのスーパーカーブームの際、その象徴ともいうべき存在で、まさに「ザ・スーパーカー」だった。
例えば、ドアの開き方からしてスーパーなのだ。
天に向かって跳ね上がるドアは、当時のカローラやサニーの常識をはるかに超えていて、未来カーのようだった。
さらに動力性能も非常識といえるもので、公称値による最高時速300km/hという性能は、少年たちにとって実にインパクトのある数値だった。
免許を持っていない私たちにとって、最高速度こそクルマの高性能の証で、加速やコーナリングなど、実際に運転して見なければわからない性能よりも絶対的なものだったのである。
しかし、カウンタックの良きライバルとして人気を二分したフェラーリ512BBというクルマがある。
このクルマの公証最高時速は302km/h。
そう、カウンタックより2km/h速いのである。
実際のスポーツドライブにおいて、最高時速が300km/hも302km/hも、その優劣にとって全く意味がないのに、少年たちにとってこの2km/hの差は大きかった。
「カウンタック?あんなの見た目だけで、フェラーリより遅い」などという自称スーパーカー通が、どの学級にも3人くらいはいた。
私が初めて本物のカウンタックを見たのは、御殿場のスポーツカー博物館へ行ったときである。
少年時代はエアロパーツをつけたLP500というタイプが好きだったが、実際に見ると、空力パーツのないシンプルなLP400のほうが美しいと思った。
近所のカウンタックのエンジンがかかると、家の中にいてもすぐにわかる。
12気筒エンジンが唸りをあげ、やや長い暖気を済ませると、一際大きな排気音とともにカウンタックが発信する。
窓の外を見ると、低く地を這うようなボディの後ろ姿が、少年時代の夢を乗せて走り去っていくのだった。
「ポルシェ」
実はカウンタックやフェラーリより、ポルシェが好きだ。
少年の頃からである。
どういうわけかスーパーカー然としたカウンタックや派手なフェラーリより、質実剛健なポルシェに惹かれた。
ブームの火付け役といえるマンガ「サーキットの狼」で、早瀬左近の愛車として登場していたのも大きい。
完成されたボディデザインも然ることながら、スポーツカーとして完璧な性能も素晴らしい。
イタリアンで軽いノリのスーパーカーではなく、大人の匂いのするドイツ製高級スポーツカーなのである。
1995年だったと思う。
和歌山県の南紀白浜へ旅行にいったとき、レンタカーでポルシェを借りた。
憧れのポルシェ、それはカレラ2というタイプで、早瀬左近と同じ911シリーズのモデルである。
本当はマニュアルミッションで乗りたかったのだが、ティプトロニックと呼ばれるセミオートマしかないとのこと、それで我慢した。
乗って感じたのは、足元のペダル配置に違和感を感じたこと。
極端に言えば、本来ブレーキがある位置あたりにアクセルがあり、クラッチの部分にブレーキがあった。
それは右ハンドルだったのだが、当時左ハンドルのクルマを強引に右ハンドル化した際、こういう異様なペダル配置のクルマは多々あったらしい。
軽自動車くらいの車内幅は実にタイトで、皮のシートはサポート性抜群だった。
シンプルだが質感の高いインパネ、背中に響く空冷エンジン、アクセルを踏み込むと背中がシートにへばり付いた。
アクセル、ブレーキ、ハンドル、操作する全てがガッチリと重量感があり、実に硬派なドライブ感覚だった。
そして何より、憧れのスーパーカーを運転する自分に酔いしれ、湧き上がる感動を抑えきれずにいた。
真夏だったが、エアコンもよく効き、カーステレオも装備されていたので、エンジン音がうるさいことを除けば、充分実用の足としても使えそうだった。
当時、この車は1500万円くらいしたと思う。
しかし、それだけの価値がある、と感じた。
「日本のスーパーカー」
日本にもいくつかスーパーカー的なクルマは存在した。
70年代のブームの頃に存在した、日本のスーパーカーを二つ紹介しよう。
トヨタ2000GT
日本史上に残る名車であり、最近ディアゴスティーニからスケールモデルも発売された。
このクルマはスポーツカーというより、豪華なGTカーのように思う。
開発にはヤマハが大きく関与し、贅を尽くした高級2ドアカーが完成した。
価格は238万円。
当時の大卒初任給が平均26,000円くらいだと言われているから、現在の値段に換算すると1,500万円~2,000万円くらいか。
それでも生産コストがかかりすぎて赤字だったといわれる。
私は、なかなか美しいデザインで、単なるヨーロッパ車のサルマネではなく、オリジナリティがあると思う。
現在の感覚からすると、とても小さいクルマだが、それでも存在感の大きさはハンパない。
童夢-零
日本でフェラーリやカウンタックのようなスーパーカーを作りたい、という志により作られたクルマ。
自動車メーカーではなく、有志による製作ということで、あらゆる点で困難を極め、結局市販されることはなかった、幻のスーパーカーである。
デザインはカウンタックとフェラーリとランチア・ストラトスを足して割ったようなもので、当時の国産車としては度肝を抜く斬新さだ。
ドアも上に跳ね上がるガルウィング式、ライトはもちろんパカッと開くスーパーカーライトである(リトラクタブルなどというようになったのはもう少し後)。
車高の低さは特筆もので、98cmしかない。
これだけデザインで頑張ったのだから、エンジンもさぞスーパーなのか、と思いきや、日産L-28型というエンジン。
早い話が、セドリックのエンジンで我慢しろ、というなんとも悲惨な見掛け倒しそのものの内容なのだ。
純国産にこだわった結果、当時の国産エンジンでは、これがもっとも安定して高出力が得られるエンジンだったのかもしれない。
現在、2台が現存し、うち1台は走行可能らしい。
以前から、前原一誠という人物に興味があったので、奈良本辰也著書「あゝ東方に道なきか:評伝前原一誠」を読みました。
幕末から明治にかけて活躍した武士、政治家であり、維新十傑にも選ばれている人物です。
といっても、他の十傑の方たち、例えば西郷隆盛や大久保利通、木戸孝允と比べると地味で、実際何をやった人なのかわからない人も多いでしょう。
どちらかというと、萩の乱の首謀者としてのほうが有名かもしれません。
私がこの人物に興味をもったきっかけは、司馬遼太郎著書「翔ぶが如く」を読んでからです。
どうも、この人物は「いい人」っぽいのです。
私は今年の初め「いい人になりたい」宣言をしましたが、それと同時に「いい人」というのは、愚鈍でマヌケである場合が多々あり、決して立派な生き方ではないと書きました。
前原は良くも悪くも「いい人」だった・・・。
司馬遼太郎は彼についてかなりのページを割いて、その人物像から萩の乱にいたるまでの過程を書いています。
(以下抜粋)
かれが政治というおそるべき世界に入るには、質朴すぎ善良すぎたということもあるであろう。
さらには、かれはさほどの資質ももたなかったのに、時勢が、かれの実像を狂わせた。
その実像からかけ離れて大きな虚像が、世間における前原像になってしまい、不平士族たちが「吉田松陰の愛弟子、前兵部大輔、参議」という虚像のほうをかつぎ、かれがそこからどうのがれようとも、かれの周囲に集まっている人々が許さなかったという事情もある
それに対して、奈良本辰也氏の見解は、
前原一誠は、西郷隆盛のような大人物と比べると、いささか小さいような気がする。
しかし、その考え方の潔癖性においては、西郷よりもより潔癖である。彼は若い頃、吉田松陰の門下として、松蔭からも大きく評価されたものである。
そして庶民の側にたつ仁政というものを推し進めた結果、中央政府と対立することになり、
前原一誠が実現しようとしたのも東方の道(東洋の道徳、つまり仁政)であった。
(中略)
一誠の悲願はそれを東京に出て、闕下に奉上することであった。(中略)そして政府の秕政を天皇の前で弾劾する、たとえ獄中であろうとそれをしなければならないと思った。
簡単に言えば、司馬氏は、
「前原は、時代に流されて名前だけが一人歩きし、結果として反乱軍の首謀者、処刑という結末をむかえた」
としているのに対して、奈良本氏は、
「庶民に優しい前原は、その窮状を訴えるべく強い意志で政府に立ち向かった」、と解釈しています。
さらに
「現代の政治に最も欠けているのは一誠のような考え方である」と、現代の政治への批判も書いています。
私の素直な感想を書きます。
やはり前原一誠という人物はよくもわるくも「いい人」で、それ以上でも以下でもなかったように思います。
明治初年という時代の政治家として、全体的に甘すぎ、当時の国際情勢なども視野に入っていないような気がします。
きれい事だけではすまなかったであろう激動の時代に、あまりに理想主義すぎ、潔癖すぎては、事が進まず、成し遂げることも出来なかったに違いありません。
ただし、もし彼が現代社会の政治家だった場合、話が違います。
東北大震災、原発事故など、問題が山積みとなった今、前原ならどのような政治を行うでしょう?
きっと、彼ならそこに住む人々のことを第一に考えた政策を、スピードをもってこなしているのではないでしょうか?
汚職が当たり前だった明治初期にあっても、常に潔癖であり、悪いことは悪い、とはっきり言える前原一誠は、生まれてきた時代が悪かったのでしょうね。
YAHOO知恵袋はご存知ですか?
日常の何気ない疑問から、人生を左右する重い悩みまで、いろいろな質問があり、それに対していろいろな人が答えているものです。
中には「そうだったのか」と思わず膝を打つようなマメ知識もあり、読んでいるだけでもけっこう面白いです。
さらに、私自身も疑問を投稿したり、また回答したりもしています。
私が見ていて、よくある質問や「えっ?」と思うような質問をいくつか紹介しましょう。
「ギターを始めたいです。エレキとアコギ、どちらがいいですか?」
けっこうよく見かける質問です。
自分は何が弾きたいの?ギターに対してどういうイメージがあるの?と、こちらが聴きたいところですが、たいてい私は「バンドをやりたいのならエレキ、弾き語りをやりたいのならアコギ」と答えています。
「ギターを買いました。何をすればいいですか?」
これもよくある質問。
なんか、目的もなく、ただ漠然とギターを弾いてみたいだけなのでしょうか?
多くの人は「自分が好きな曲を弾けばいいじゃん」みたいな答えが多いのですが、私は「楽器屋か本屋へいって初心者向けの教則本を買ってください」と答えています。
「かっこいい洋楽を教えて下さい」
この手の質問も多いんです。
洋楽の曲っていったい何万曲、いや何十万曲あると思っているのでしょう?
あまりにもアバウトすぎて答える気にもなりません。
レッド・ツェッペリンの好きな曲は?とか、ユーロビートで好きな曲は?なら答えようがありますが。
「邦楽のレベルは低すぎますよね?」
いわゆる中二病に多い質問。
学校の仲間は皆J-POPを聞いているなか、あんなのはレベルが低い、やっぱり洋楽だよね、という知ったか君。
決して邦楽のレベルは低くありません。
アイドルの歌には、低いと感じるものもありますが、ヴィジュアル系なんかを聴くと、まだまだ日本も捨てたもんじゃないことがよくわかります。
「ネトウヨ」
ネット右翼、略してネトウヨ。
まともな大人は相手にしてはいけません。
でもね、たまにいるんです。
いい大人なのにネトウヨなバカ。
ネトウヨは右翼的な政治思想があるわけではなく、単に特定の国を差別したいだけの愚かな人たち。
今年のNHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」が終了しました。
実をいうと、戦国ものは少々飽きてきたので、昨年の年末時点で2012年の「平清盛」のほうに期待していました。
それでも、戦国後期~江戸初期のど真ん中を生きてきた浅井三姉妹からの視点ということで、物語そのものは面白いかな、とは思いましたが。
主演の上野樹里さんについては、映画「スイングガールズ」しか知りません。
一般的には「のだめのカンタービレ」の印象が強いようですが、見ていないのでわかりませんが。
なんとなくコメディの似合う人なのかな、という印象があります。
そんな彼女が、戦国の姫を演じることが出来るのか?
一年通して見終わった感想として、「最高ではないけど、決して悪くはない、大河ドラマとして合格点」といったところ。
重箱の隅をつつくような、歴史ヲタクみたいな視点から見れば、あれもこれも史実と違う、というかもしれません。
昔は良かった、しか言わない老人、あるいは知ったかぶりの通気取りから見れば、重圧さが足りない、というかもしれません。
しかし、信長が浅井氏を滅ぼし、本能寺で明智に暗殺され、秀吉が柴田と対立し、天下をとり、死後、関ヶ原の戦いで家康が勝利し、大阪の陣で豊臣が滅ぶ、といった歴史の流れが変わっているわけではありません。
江が秀吉をサル呼ばわりしてタメ口だとか、秀忠が大坂城に単身乗り込む、とか、そんなことは歴史の流れに関係ありません。
また、下は中学生くらいから大河ドラマを見る人もいるので(事実、私がそうでした)、ある程度現代的なセリフ回しでもいいと思いますし、だいたい当時の人の日本語そのものだと、現代人は半分も理解出来ないでしょう。
合戦シーンなどは、昔の戦国もの大河と比べても、CG技術が発展している分、より壮大に感じられますし。
というわけで、1980年「獅子の時代」から大河ドラマを見ている私から見て(途中見ていなかった時期も長いですが)、通が絶賛する「風林火山」よりもずっと面白いと感じました。
とくに秀吉の死後、関ヶ原~大阪の陣で淀が自害するまでは、けっこう良かったです。
ちなみに21世紀以降の大河ドラマについての、私個人の点数(5点満点)
2001年 北条時宗 2点
2002年 利家とまつ 3点
2003年 武蔵 (興味なかったので見ていません)
2004年 新撰組 4点
2005年 義経 3点
2006年 巧妙が辻 4点
2007年 風林火山 1点
2008年 篤姫 4点
2009年 天地人 2点
2010年 龍馬伝 5点
2011年 江 3点
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