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第60回名盤シリーズ
今回は80年代ニューロマンティックブームの火付け役、デュラン・デュランの3枚目「セブン・アンド・ザ・ラグド・タイガー」
(1983年作品)
1983年といえば、私が洋楽興味のアンテナをあちこちに張り巡らせて、少しでも興味のあるアーティスト、名前の知ってるアーティストならなんでも聴いていた頃だ。
デュラン・デュランといえば、当時日本でも女性を中心に爆発的な人気があり、ミュージックライフ誌の表紙を飾ることもあった。
私が興味を持つのも当然といえば当然、幸い、私の友人がデュラン・デュランのファンだったので、LPを貸してもらった。
最初に聴いたのは「リオ」というアルバムだったと思う。
その後ほどなくして、この「セブン・アンド・ザ・ラグド・タイガー」が発売されたので、まさにリアルタイム世代だ。
当時は何とも思わなかったが、今見るとなんとも時代を感じさせるジャケだ。
今このLPを電車で持ち歩くのは、かなり勇気がいるだろう。
当時の他のニューロマンティック勢、カルチャー・クラブとかカジャ・グー・グーも同様だが。
中身ももちろん、80年代という時代がギッシリ詰まってる。
おそらくこのこの頃が彼らにとっての全盛期だったのだろう。
若さと旬の勢いに溢れていて、当時の流行の先端を行ってやろうとしてるようだ。
一般的な人気はとても高く、どちらかというと、その洒落たルックスとポップなサウンドで、女性人気が高かったバンド。
そのため、硬派なロックファンからは無視されていたように思う。
私は硬派なロック、ヘビメタやプログレなど、わりとコアな音楽を好むが、デュラン・デュランを筆頭にした当時のビジュアル系バンドの質は決して低くはなかったと思う。
というより、一触即発な雰囲気を失った80年代ハードロックやLAメタルよりも、80年代ポップスの方が出来がいい。
このアルバムの1曲目「Reflex」、私くらいの世代の人なら、好き嫌いは別にして、多くの方が知ってる曲だろう。
今もたまにテレビなどで耳にすることもある、このアルバム代表する曲だ。
サビが実に印象的で、一度耳にしたら離れないインパクトがある。
個人的にはジャパンっぽい「(I'm Looking For) Cracks in the Pavement 」や、「I Take the Dice」 とかの方が好きだが、捨て曲のない完成度の高いアルバムだと思う。
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毎日暑い日が続いてますが、皆さん体調など崩されてませんか?
私は気持ちだけは元気です。
来週は肝臓の検査と胃カメラ飲む予定です(←要するに健康診断でひっかかったわけ…汗)
実は過去に入院経験2回あり。
一つは幼い頃、原因不明の腹痛で入院。
親いわく、近くの池に落ちたのが原因ではないかと…。
結局3日くらいで退院しましたが、病院内を走り回って怒られた記憶があります。
2回目は20歳頃で、虫垂炎で入院、手術。
いわゆる「盲腸」ってやつですが、1週間の病院生活でした。
3日くらいすると、退屈で退屈で、5日目には友人を呼び出して、ひそかに病院を脱出する始末。
で、先生に見つかって大目玉。
まったく何やってんだか(汗)
あと骨折経験が1回。
中学生の頃、自転車レースをやっていて大クラッシュ!
右腕がポッキリ折れました。
まだギターを始める前です。
おかげで1ヶ月間、ご飯も鉛筆も左手を使うはめに…(汗)
それと幼稚園の頃、滑り台の上から何度も飛び降りて、ひどい捻挫になったことも…
このときは、友人が「飛び降りれるものなら飛び降りてみろ」
なんて言われて、頭にきて「こんなもん、何回でも飛んでやる」
と、意地になってたようで…(大汗)
他にもケガは多かったです。
縫い傷が3箇所、他、手や足を見ると古い傷跡が無数にあります。
とくに暴れん坊なわけではないんですよ!
伊賀者の子供時代は、山を駆け巡り、池や川で泳ぎ、ころんでは膝を擦りむいて流血なんて日常茶飯事。
私くらいの年代で田舎育ちの人は、皆こんな感じだと思いますが、私の周りだけ?
たまに城オフとかで皆で山へ行くと、私は平気で藪の中に入っていくので驚かれますが…。
買ったのはモーリスF-01。
最初はヤマハを買おうかと思ったんだけど、店頭にて目についたモーリスを試奏しました。
すると、エレキに慣れた耳に、すごく新鮮に響くアコースティックの響き!
その音の深さ!
その音の味わい!
その音のやわらかさ!
すぐに気に入って値段を確認してみたら、買える値段。
他のギターを試奏することなく、これを買いました。
ちなみに21000円、安いでしょ。
よく5万円以下のアコギはダメっていう人いるけど、全然そんなことはありません。
私の性格からして、「後にもっといいのが欲しくなる」ってことはありえないし。
たぶん一生物として、今後の音楽ライフを共に過ごすことになると思います。
いや~、今日は、帰ってからずっとアコギ弾いてるので、指が痛いのなんのって(汗)
また水ぶくれつくっちゃいました(笑)
今日は火曜日。
水曜日はあした。
木曜日はあさって。
じゃ、金曜日は?
普通は「しあさって」
でも三重県では「ささって」という人もいます。
つまり
火曜が今日だとすると
水曜日=あした
木曜日=あさって
金曜日=ささって
土曜日=しあさって
なので、私はあさっての次は三日後とか、日付とか、曜日を言うことにしてます。
だって、人によって「しあさって」の位置が違うんだからさ~。
とくに初老以上の人に「ささって」を使う人が多いような気がします。
ちなみに漢字で書くと「再明後日」らしいね。
だから三重県人と日時の約束をするときは、「しあさって」と言わずに、「次の○曜日ね」とか「○○日にね」といいましょう。
ちなみに三重県以外で、「ささって」を使う地方ってあるのかな?
画像は本文とは全然関係ありません(愛用のメトロノーム)
今年も「その日」がやってきた。
毎年必ずやってくる「その日」、もう何度目だろう?
私が初めてその日を迎えたのは、忘れもしない、昭和43年の8月2日だった。
あれから、39年、つまり40回目を迎えてしまったのである。
1967年8月2日、あのときのことは昨日のことのように思い出す。
暑かった夏。
前年が丙午だということで、この年の出産数は全国的に多かった。
私もその中の一人だった。
私は無我夢中で、母の胎内から飛び出した。
決してベビー・ブームにのったわけではない。
とにかく見るもの全てが新鮮だった。
「これがこの世というものか」
私は病院のベッドに横たわりながら、何故か笑顔の看護婦の顔をジロジロ見ていたものだ。
この頃は何もかもに好奇心旺盛で、それはトイレに行く暇もないほどだった。
そのため私は、全てオムツの中で排便することにした。
また食事も全て流動食ですませた。
口をきくのも面倒だったため、カタコトの言葉しか発していなかった。
すぐにでも駆け出したかったが、根っからのグウタラの私はしばらくの間は、4本足で行動をした。
テレビのニュースは浅間山荘事件や、ベトナム戦争など、キナ臭いものが多かった。
私は若い熱気を押さえることが出来ず、足ふみ式3輪カーに乗って暴走運転を繰り返した。
大阪万博では、月の石なるものが展示されていたが、「くだらねえ」と捨てゼリフをはき、行列に並ぶ人々を低い視線から見上げた。
私にはそんなものよりも、黒い「ダッコちゃん」のほうが現実的だった。
この世に現れて40年。
あの頃よりも少しだけ成長した自分がいる(笑)
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