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毎日暑い日が続いてますが、皆さん体調など崩されてませんか?
私は気持ちだけは元気です。
来週は肝臓の検査と胃カメラ飲む予定です(←要するに健康診断でひっかかったわけ…汗)
実は過去に入院経験2回あり。
一つは幼い頃、原因不明の腹痛で入院。
親いわく、近くの池に落ちたのが原因ではないかと…。
結局3日くらいで退院しましたが、病院内を走り回って怒られた記憶があります。
2回目は20歳頃で、虫垂炎で入院、手術。
いわゆる「盲腸」ってやつですが、1週間の病院生活でした。
3日くらいすると、退屈で退屈で、5日目には友人を呼び出して、ひそかに病院を脱出する始末。
で、先生に見つかって大目玉。
まったく何やってんだか(汗)
あと骨折経験が1回。
中学生の頃、自転車レースをやっていて大クラッシュ!
右腕がポッキリ折れました。
まだギターを始める前です。
おかげで1ヶ月間、ご飯も鉛筆も左手を使うはめに…(汗)
それと幼稚園の頃、滑り台の上から何度も飛び降りて、ひどい捻挫になったことも…
このときは、友人が「飛び降りれるものなら飛び降りてみろ」
なんて言われて、頭にきて「こんなもん、何回でも飛んでやる」
と、意地になってたようで…(大汗)
他にもケガは多かったです。
縫い傷が3箇所、他、手や足を見ると古い傷跡が無数にあります。
とくに暴れん坊なわけではないんですよ!
伊賀者の子供時代は、山を駆け巡り、池や川で泳ぎ、ころんでは膝を擦りむいて流血なんて日常茶飯事。
私くらいの年代で田舎育ちの人は、皆こんな感じだと思いますが、私の周りだけ?
たまに城オフとかで皆で山へ行くと、私は平気で藪の中に入っていくので驚かれますが…。
買ったのはモーリスF-01。
最初はヤマハを買おうかと思ったんだけど、店頭にて目についたモーリスを試奏しました。
すると、エレキに慣れた耳に、すごく新鮮に響くアコースティックの響き!
その音の深さ!
その音の味わい!
その音のやわらかさ!
すぐに気に入って値段を確認してみたら、買える値段。
他のギターを試奏することなく、これを買いました。
ちなみに21000円、安いでしょ。
よく5万円以下のアコギはダメっていう人いるけど、全然そんなことはありません。
私の性格からして、「後にもっといいのが欲しくなる」ってことはありえないし。
たぶん一生物として、今後の音楽ライフを共に過ごすことになると思います。
いや~、今日は、帰ってからずっとアコギ弾いてるので、指が痛いのなんのって(汗)
また水ぶくれつくっちゃいました(笑)
今日は火曜日。
水曜日はあした。
木曜日はあさって。
じゃ、金曜日は?
普通は「しあさって」
でも三重県では「ささって」という人もいます。
つまり
火曜が今日だとすると
水曜日=あした
木曜日=あさって
金曜日=ささって
土曜日=しあさって
なので、私はあさっての次は三日後とか、日付とか、曜日を言うことにしてます。
だって、人によって「しあさって」の位置が違うんだからさ~。
とくに初老以上の人に「ささって」を使う人が多いような気がします。
ちなみに漢字で書くと「再明後日」らしいね。
だから三重県人と日時の約束をするときは、「しあさって」と言わずに、「次の○曜日ね」とか「○○日にね」といいましょう。
ちなみに三重県以外で、「ささって」を使う地方ってあるのかな?
画像は本文とは全然関係ありません(愛用のメトロノーム)
今年も「その日」がやってきた。
毎年必ずやってくる「その日」、もう何度目だろう?
私が初めてその日を迎えたのは、忘れもしない、昭和43年の8月2日だった。
あれから、39年、つまり40回目を迎えてしまったのである。
1967年8月2日、あのときのことは昨日のことのように思い出す。
暑かった夏。
前年が丙午だということで、この年の出産数は全国的に多かった。
私もその中の一人だった。
私は無我夢中で、母の胎内から飛び出した。
決してベビー・ブームにのったわけではない。
とにかく見るもの全てが新鮮だった。
「これがこの世というものか」
私は病院のベッドに横たわりながら、何故か笑顔の看護婦の顔をジロジロ見ていたものだ。
この頃は何もかもに好奇心旺盛で、それはトイレに行く暇もないほどだった。
そのため私は、全てオムツの中で排便することにした。
また食事も全て流動食ですませた。
口をきくのも面倒だったため、カタコトの言葉しか発していなかった。
すぐにでも駆け出したかったが、根っからのグウタラの私はしばらくの間は、4本足で行動をした。
テレビのニュースは浅間山荘事件や、ベトナム戦争など、キナ臭いものが多かった。
私は若い熱気を押さえることが出来ず、足ふみ式3輪カーに乗って暴走運転を繰り返した。
大阪万博では、月の石なるものが展示されていたが、「くだらねえ」と捨てゼリフをはき、行列に並ぶ人々を低い視線から見上げた。
私にはそんなものよりも、黒い「ダッコちゃん」のほうが現実的だった。
この世に現れて40年。
あの頃よりも少しだけ成長した自分がいる(笑)
司馬遼太郎氏著書の明治初期の政治闘争、内乱を描いた全10巻の長編小説「翔ぶが如く」。
約2ヶ月かかって読みました。
まるで一つの長い旅が終わったような、充実感と達成感があります。
読みやすい作品の多い司馬氏の中で、この作品は少々敷居が高いようで、途中で挫折する人もいるとのこと。
原因としては
・誰が主人公かわかりにくい(というより、この時代そのものが主人公かも)
・政治のやり取りが多い
・登場人物が多い(その生い立ちまで説明される人物だけでも100人を超える)
・クライマックスである西南の役までが長い
などが上げられます。
そのため今回は、主な登場人物を、簡単なプロフィールと共にノートに書き込みながら読むというやり方で、進めていきました。
おかげで、長編小説にありがちな「あれ?この人誰だっけ?」というのがなく、理解がしやすかったです。
同じく氏の長編である「竜馬がゆく」などに比べ、娯楽性が少なく、ドキュメントタッチな印象をもつ作品。
それでも、私としては、それまで幕末関連の小説をよく読んでいたのと、この時代に興味があったので、楽しく読めました。
司馬さんの歴史小説は、他の作家に比べて、登場人物の説明が詳しく、ほとんど無名の人でも細かいエピソードなどを含めて判りやすく特徴を捉えています。
この物語も例外ではなく、あらゆる登場人物が、「よくここまで調べたものだ」と思うほどに丁寧に説明されています。
生まれたばかりの近代国家日本。
しかし江戸時代の気分が抜けない、慣れない、庶民の不安、士族の不満など、新しい国家体制には否定的な意見が多く、決して好調なスタートではありませんでした。
この長い物語を大きく見ると、
・征韓論争
・征台外交
・不平士族の反乱
・西南の役
の4つがポイントとなっていて、とくに熊本、鹿児島を舞台にした西南の役が物語りのクライマックスとして、詳細に描かれています。
第8巻から、旧薩摩藩を主力とする士族軍と、明治政府軍との武力衝突が始まりますが、巻末に九州地方の地図があって、それを見ながら読むと戦いの流れがよくわかります。
司馬氏の作品でよくある、戦術に対する分析はここでも詳しく解説されています。
なぜ旧幕時代に最強を誇った薩摩士族が敗れたのか?といったところに関して、「たら、れば」的な分析をあらゆる方向から検証しています。
「木を見て森を見ず」という言葉がありますが、結局、目先のことばかり考えて、全体象を見ていなかったのが最もな原因だったようです。
なぜ大局的な見地が出来なかったのか?
「薩摩武士的価値観」が大きく影響していて、良くも悪くも「典型的なサムライ」だったわけです。
つまり
「堂々と真正面から全力で体当たりしてこそ、武士である。戦略を立てたり、奇術を使うのは臆病者のすることなり。」
まさに翔ぶが如く舞い、翔ぶが如く戦うのでした。
そんな個々の武勇に頼る戦闘も、熊本、田原坂での激戦に敗れてからは考えを改めざるを得なくなります。
しかし時すでに遅し、薩摩軍は退却し、人吉、豊後と敗戦を重ね、ついに城山の戦いにて壊滅するのでした。
乱の末期、薩摩士族軍の幹部、桐野少将はこういったと伝えられます。
「見よ、この政府軍の勇姿を。これで欧米列強と互角の勝負が出来る。」
つまり、これで自分たちは安心して死ぬことが出来る、俺たちもよく戦ったが、明治政府も強くなったじゃないか、と相手を称えてるわけです。
このダンディズム、まさにラストサムライですね。
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